満ち欠けの物語

結果は現実逃避ポエミーブログ

パニスのこと。~音楽劇マリウスを観て④~

【注意】音楽劇マリウス、および1961年公開映画「ファニー」のネタバレを含みます。未観賞の方はご注意ください。また、レポではないので音楽劇マリウスの詳細なレポートを読みたい方のご希望にも沿えません。ご了承ください。

 

マリウスには作中で夢を叶えた男が2人出てきます。彼らはどちらも夢を叶えたあと幸せとは言いきれない苦しみを抱えて生きていくことになってしまう。もう1人の男、パニスのこと。

 

パニス。マルセーユのお金持ち(確か船の売買か何かをしていたはず)。3か月前に妻に先立たれた男やもめ。55歳のジジイ(オノリーヌ談)。再婚を目論み、19歳のファニーにプロポーズする。

 

1幕のパニスは最高に面白かったです。アドリブも効いていましたし、正蔵さんはさすが笑いのプロで人に笑ってもらえると更に加速するサービス精神の持ち主のためどんどん面白くなってしまうので、キャストの皆さんは冷静にお芝居を続けるのが大変そうでした。

コミカルなやりとりにお腹を抱えて笑った1幕に対して2幕では突然善人となるパニス。いい人で哀れで。憔悴しきった目をして再び街を去るマリウスを見送るのがかなしい。

でもパニス、あなたは望みを叶えたのではなかったか。

 

ここからは映画を見た補完情報として。パニスパニスの家系では50年もの間子どもが生まれなかったらしい。前の奥さんにも子どもはできなかったようです。しかし商売をやり資産もあるパニスの家。いずれは誰かに譲りたい。そう、パニスは再婚を望んでいましたが、実は本当に欲しかったのは妻ではなく息子だったのです。

だとすると19歳のファニーにプロポーズした理由もわかりやすいですね。もちろんファニーは美人で気立ても良いみんなが結婚したくなるような女の子ですが、それより何より、パニスは「子どもを産む能力があり、処女である若い女」を必要としていたと考えられます。

意地悪で下世話な見方ですけれど、55歳という当時では既に老年期に入っているパニスにとってはファニーが男を知らないという点も大事だったのではないでしょうか。そのせいかマリウスとファニーが結ばれた後のシーンではもう彼女を口説く気はなくなっていて、父親のようにファニーを諭しています。

しかし結局マリウスは街を去り、ファニーの妊娠が発覚し、街の人たちに事情を知られるより早く結婚を迫られます。

かなりシリアスな状況ですが、パニスにとっては渡りに船、一度は諦めていたファニーとの結婚のチャンス、しかも望んでいた子どもまで得られるのですから…!

 

約2年の時が流れ、突然帰ってきたマリウスに動揺するパニスパニスは坊やが生まれてからずっといつマリウスが現れて坊やとファニーを連れて行ってしまうのか毎晩不安だったと語ります。

これはおそらく、マリウスを引き止められていた場合のファニーの姿でもあるのだろうなと思います。その未来が想像できたからこそファニーは「自分のところで大人しくしている亭主がいい」とマリウスとの決別を選びました。

今この手の中にある幸せはすぐにすり抜けて二度と自分の手に返ってこないのかもしれない。日々そんなおそれを抱きながら幸せを必死に掴むその姿は、本当に幸せといえるのでしょうか……。

 

ここまで書いてようやくラストシーンのパニスの表情の意味をすこし理解出来る気がしてきました。全てを失わずに済んだパニス。それはすなわちパニスの「持つものとしての苦しみ」がこれからも続いていくことでもあるのです。

きっとまたパニスは可愛く立派に成長する坊やにマリウスの影を見て、いつ妻と子を奪われるかと毎夜悩み続けるのでしょう。

舞台後の世界も描かれている原作と映画では、死期が近付いたパニスが自分の死後マリウスと再婚するようファニーに薦めますが、このときはじめてパニスにとっての安らぎが訪れたのかもしれません。

 

望みを叶えても幸せと一口に言えるような生き方ではなかったパニス。しかしファニーとは男女としてというより夫婦として、そして坊やとは血の繋がりはなくとも親子としてしっかりと絆があったはず。マリウスの幻に怯えることなくただ家族との幸せのためにはたらけるような残りの人生であってほしいと願います。